東方の学者たちの旅

東方の学者たちの旅 イザヤ916、マタイ2:1~12、テトス21114    2023.12.24

(順序)

前奏、招詞:ルカ147、讃詠:546、交読文:詩編23篇、讃美歌:98、聖書:イザヤ、祈り、讃美歌:115、聖書:マタイ、讃美歌:111、説教、祈り、讃美歌:112、聖書:テトス、讃美歌:106、信仰告白:日本キリスト教会信仰の告白、(聖餐式)、(讃美歌:Ⅱ—179)、(献金・感謝)、主の祈り、頌栄:542、祝福と派遣、後奏

 

 今年のクリスマスはいつもの年とは少し違ったものになりそうです。これまで、世界は毎年、多事多難の中、クリスマスをお祝いしてきたのですが、今年は緊急事態というほかありません、ほかならぬ聖地が戦乱の中にあるのです。ガザでは教会も空爆の被害を受けています。イエス・キリストが誕生された地、イスラエルのパレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区ベツレヘムの当局は、今年のクリスマスの関連行事をすべて中止すると決めたと報道されました。隣国ヨルダンにある教会は、今年はガザの人々の苦しみを考えて、クリスマスの飾りやプレゼントやパーティーのような楽しいことは行わない、そのかわりイエス様を迎えることに専念して祈りに集中すると。カトリックもプロテスタントも含めて、そう決めたそうです。

 広島長束教会はクリスマスツリーを飾っています。今年、子どもクリスマス会をしましたし、今日はこのあと祝会もあります。楽しい催しを中止するまでの必要はないと考えていますが、世界にはイエス様のご降誕を祝うこともできないところがあるということは忘れないでいて下さい。

 

 イエス・キリストがお生まれになったその晩、お祝いにかけつけてきたのは羊飼いたちです。それから何日あとになるのかはっきりしませんが、はるばる東の方から来たのが学者たちです。占星術、つまり星占いの学者たちです。これは原文ではマギーと言い、ここからマジックという言葉が出来ました。

 東の方とはどこなのか、聖書には書いてないのですが、今のバクダッドあたりだった可能性が高いです。かつてアブラハムもその地から来ました。学者は何人いたのか、イエス様への贈り物が3つあったことから、いつしか3人の博士と言われるようになったのですが、証拠はありません。ヨーロッパではこの3人にメルキオール、バルタザール、カスパールという名前がつけられています。

 皆さんの中で星占いが好きで、今週の運勢なんて記事を興味を持って読んでいる方はおられますか。それで心が満たされますか。

 昔、中国で屈原という人が当時の最高の占い師に教えを乞いました。「私はこの身を危うくしても正しいことを貫き通すのが良いのでしょうか、それとも悪いことをしても、世の中でうまく立ち回って生きていくのが良いのでしょうか」。すると占い師の方は、「そのようなご質問は占いでお答え出来ることではありません」。たいへん正直な占い師ですね。占いでたとえ将来の運勢を言い当てることが出来たとしても、人間の生き方を示すことは出来ないのです。

 イエス様が誕生なさる前、本当の神様を知って礼拝している人はユダヤの国の外にはほとんどいませんでした。占星術の学者たちというのは、本当の神様を知らずに得体の知れない神々を拝んでいた大勢の異邦人の代表なのです。

 

この時代、占星術と天文学は分離していません。一緒の学問でした。学者たちは毎晩星をながめて、世界に起こることや人間の運命を研究していましたが、ある時、新しい星が出現したのを見て驚きました。それは占いによれば、ユダヤに偉大な、新しい王が生まれたことを示すものでした。現代の天文学では、その現象は紀元前7年に起こったと考えられています。

 学者たちはこの新しい王が、歴史に名を残す偉大な王になると考えたのです。…かつて一代で大帝国を築いたアレキサンダー大王が生まれた時も、大きな星が輝いたという話が残っています。…学者たちは、ユダヤで生まれた王はユダヤにとどまらず世界の王になるに違いない、だったらいちはやく挨拶をしておこうと、ずいぶん気の早い話ですがそういうことだったのです。決してイエス様を救い主だと信じて旅立ったのではありません。…この時代の交通手段としては歩くかラクダに乗るぐらいしかありません。バクダッドからエルサレムまでだいたい2000キロくらい、北海道から九州ほどの道のりを、それもえんえんと荒れ野が続く中、旅をするというのは、現代人にはなかなか想像できないことです。

 

 占星術の学者たちはユダヤの国に着くとまっすぐ都エルサレムに入りました。新しい王様の誕生で、エルサレムはわきたっているだろうと思っていたのです。しかし予想に反して都は静まりかえっていました。

 ここで学者たちを迎えた人たちについて順に述べてみましょう。

 まずエルサレムの人々です。学者たちが「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです」と言って回った時、人々は不安を抱きました。ユダヤ人にはすでに700年の昔、神様からメシアが与えられるという預言が与えられており、誰もがそのことを知っていました。待ちに待ったその瞬間が来た時、…しかし人々はおじけづいてしまったのです。

 そのようなことが皆さんの上にもありませんか。待ちに待った最高のチャンスが来ているというのに、おっくうになっていて、あと一歩を踏みだすことが出来ない、こうして絶好の機会を台無しにしてしまったということがありませんか。

 当時、エルサレムの人々は悪名高いヘロデ王の支配下で苦しんでいました。そこに一条の光が差したのですが、勇気が出ないのです。そこには、もしも新しい王様をお祝いしたらヘロデ王に目をつけられてしまうかもしれない、それくらいなら今の不自由な生活を我慢した方がいい、とにかく新しいことは怖い、ということなのです。

 新しい王の話はヘロデ王の耳にも届きました。ヘロデ王はユダヤ人ではなくエドム人で、兄弟民族であるユダヤ人を治めていたのですが、権力亡者で、自分の奥さんや息子まで殺したほどの人でした。たとえ赤ん坊でも、自分以外にユダヤ人の王がいることを許せないので、民の祭司長たちや律法学者たちを集め、なにくわぬ顔で「メシアはどこに生まれることになっているのか」と尋ねました。イエス様を見つけて殺してしまおうとしていたのです。

 祭司長たちや律法学者たちは、ヘロデ王に呼ばれてメシアのことを問われた時、すぐに聖書の中のミカ書というところを開いて言いました。

 「ユダの地、ベツレヘムよ、 お前はユダの指導者たちの中で 決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、わたしの民イスラエルの牧者となるからである。」

 「王様、ここにメシアがベツレヘムで生まれると書いてありますよ」、ということです。ここから、この人たちが日頃しっかり聖書を勉強していたことがわかります。でもこの人たちは、結局、誰もメシアに会いに行こうとはしません。ベツレヘムはエルサレムの都から7キロしか離れていないのに、行かなかったのです。それは、彼らがヘロデ王の御用学者にすぎなかったからです。今の言葉で言えば、王に忖度していたのです。

 

しかし、占星術の学者たちにこわいものはありませんでした。学者たちは新しい王でメシアである方がベツレヘムで生まれたと教えられると、すぐに出発しました。すると東の国で見た星が再び現れました。星はどの人の上にも輝いていますが、彼らだけが星の導きを信じてベツレヘムに着き、宮殿でも何でもないおそらくはみすぼらしい家の中で、ついにイエス様に会うことが出来たのです。…そしてこの時、この幼子が軍隊を率いて世界を征服するような血なまぐさい王様ではなく、貧しい、虐げられた人々の友であり、愛と正義でもって世界を治める王様であることを知り、喜びにあふれました。「この方こそまことの神様、世界の救い主であられます」。こうしてひれ伏してイエス様を拝み、黄金、乳香、没薬の贈り物をささげました。…この時、学者たちはもう昔の占星術師ではありませんでした。占いではなく、イエス様が現わして下さったまことの神様を信じる人になって、自分の国に帰っていったのです。

 

 長い困難な旅を経てついにイエス様を探し当てた学者たちが、イエス様をひれ伏して拝んだ、これが礼拝です。聖書はこのことを通し、まことの神様への礼拝がユダヤ人という一民族の枠を超えて、世界に広がっていくことを示して下さいました。

 今から2000年の昔に生まれたイエス・キリストは、東の国の占星術の学者たちが長い旅を続けてついに探し当てたように、私たちが一生をかけても探し求めるべきお方です。皆さんは、いろいろな道をたどって教会に来られたと思いますが、最後にたどりつくべきところは一つです。間違っても、あのエルサレムの人々のような、絶好の機会を前にしておじけづいてしまう人にはなりませんように。

 イエス様は世界を覆う闇の中に輝く光となられました。イエス様のご降誕を喜び、クリスマスを祝うことが、暗い世の中を打ち破っていく原動力となることを信じて、願います。

 

(祈り)

神様。すべての民に与えられる大きな喜びが、いま私たちの上にも与えられました。私たちはいま愛する兄弟姉妹と共にイエス様のご降誕を、まさに神様の愛の現れであると信じ、神様をたたえる者でございます。

 神様。あなたが大切な御子を送って下さった世界は、悲しみと苦しみにあえぐ暗闇の世界でありました。今もこの世界は戦争や環境破壊など、人間の罪からくるありとあらゆる問題に苦しんでいます。しかし、だからこそイエス様という光が照りわたらなければならないのです。2000年の昔、暗闇を照らした光であるイエス様が、今も、そしてこれからも輝き続いていきますように。そうして、いつの日か再びこの世界においでになることを信じて、祈ります。

神様、どうかイエス様によって私たちに、そしてこの国に、希望を与えて下さい。私たちや私たちが関わっているすべての人の苦しみ悩みに目を留め、明るい光の世界へと導いて下さい。もしも明るい光が差しているのに、暗闇へ、暗闇へと逃げてゆこうとする心がありましたら、どうか引き戻して下さい。  

 神様、クリスマスの喜びが今、イエス様を信じる人ばかりでなく、まだ本当の神様と出会っていない人にも与えられますように。誰もが神様の恵みのもとに一つとなる、その道を示して下さい。

 

 この祈りを世界の王であるイエス様の御名によってお捧げいたします。アーメン。