馬小屋で生まれたイエス

馬小屋で生まれたイエス ミカ515、ルカ2:1~7 2021.12.12

 

(順序)

前奏、招詞:詩編119145、讃詠:546、交読文:詩編43:3~5、讃美歌:24、聖書朗読:上記、祈り、讃美歌:118、説教、祈り、讃美歌:109、信仰告白(使徒信条)、(献金・感謝)、主の祈り、頌栄:541、祝福と派遣、後奏

 

 世界で最初のクリスマスは今からおよそ2000年前、世界の片隅のユダヤで起こった出来事でありました。

 ヨセフがマリアを連れて、ガリラヤのナザレからベツレヘムというエレサレム近郊の町に来て、マリアがそこでイエス様を産んだことは、たいへんよく知られていますが、ルカ福音書の記述はたいへん簡潔です。大切な事実だけをたんたんと書いているようにも見えます。短い文章の背後にどのようなことが隠れているのでしょうか。

 まず、時代背景について注目したいと思います。ここには、「そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である」とはっきり書いてあります。

 この福音書を書いたルカは、ここで、イエス・キリストの誕生が、歴史の中で確かに起こった出来事であることを示しているのです。…当時、地中海世界は強大なローマ帝国によって支配されておりました。ユダヤはヘロデ王をいただく王国ではあっても、ローマ帝国の中では従属国にしかすぎませんでした。このローマ帝国に皇帝アウグストゥスが君臨していたのです。

アウグストゥスは紀元前63年に生まれ、紀元前27年にローマ帝国最初の皇帝となり、紀元14年に死んだ人です。アウグストゥスというのは称号で、本当はオクタヴィアヌスという名前です。彼は紀元前44年に暗殺されたカエサル、別名シーザーの養子で後継者でした。カエサル亡き後、アントニウスと(有名な)クレオパトラの連合軍をアクチウムの海戦で破り、その勢いでエジプトを滅ぼしてローマに凱旋しました。ローマの元老院は彼に「アウグストゥス」という称号を贈りました。これは「尊厳ある者、尊敬されるべき者」というような意味の言葉で、これは彼が皇帝となり、ローマが皇帝の治める帝国となったことを意味しています。…8月のことを英語でAugust(オーガスト)と言いますが、これはアウグストゥスにちなんでいます。世界的にたいへん大きな影響力を持った人でした。…キリニウスという人もけっこう有名な人で、今に伝わる歴史書に繰り返し名前が出ています。

 アウグストゥスの時代に行われたという全領土の住民を対象とした登録は、その証拠となる記録がローマ帝国の公文書の中に見つからなかったために、信ぴょう性が論議されていますが、エジプトで見つかった碑文などによって、聖書の記述が裏付けられたという話もあります。詳しいことはわかりません。ある学者の推測によりますと、この住民登録が行われたのは紀元前7年だということです。

 さて、そのような時代背景の中にヨセフとマリアがいます。「ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上っていった」。

 皇帝アウグストゥスが全領土の住民に登録を命令した、これは人口調査でありまして、その目的は、一つには税の取り立て、もう一つに徴兵ということがあったのかもしれません。

 住民登録をするために自分の町に帰らなければならないというのは、今日の感覚でいえば変です。自分のいる町で登録すれば良いじゃないかと思えるのですが、よくわかりません。住民登録のために遠いところまで旅をしなければいけないというのは、庶民にとっては面倒でつらいことですが、皇帝の命令に抵抗する力はありませんでした。

 ベツレヘムはイスラエルの偉大な王、ダビデの出身地で、ダビデの町と呼ばれていました。ヨセフはダビデの家系に属していました、と言ってもたくさんいる子孫の中のひとりだと思いますが。

 ヨセフはナザレから百数十キロ離れたベツレヘムに行く時、マリアを連れてゆきました。しかし、なぜそこまでする必要があったのでしょう。私たちが役所で何かの登録をする時、家族で行く必要はありません。代表が一人、行って登録すればすむわけです。ですからヨセフ一人でも登録できるはずですが、なぜマリアを連れていったのかということになります。皆さんはどう思われますか。

マリアは妊娠中でした。だから、普通なら旅行に連れてゆくことはしません。ヨセフは、マリアを彼女の実家か自分の親に託して置いてゆくという選択肢があったはずです。もしも、どちらの親もいなかったとしても、近所の人たちにしばらく面倒を見てもらうということがなぜ出来なかったのでしょう。…そういう手立てを一切講じないで、身重のマリアをわざわざ連れて行ったということは、小さなナザレの町で、マリアがヨセフと一緒になる前に妊娠したことがかなりの疑惑を招き、当人たちにとって肩身の狭い思いがあったのではないかと想像されるのです。マリアは聖霊によって身ごもりました。生まれる子供は神の子です。でも、そんなことを誰が信じてくれるでしょう。ヨセフ自身も夢に現れた天使が、「恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである」と告げてくれるまでは、悩みに悩んていたのです。…だからヨセフは、マリアを誰かに預けるよりもとにかく一緒に連れてゆきたい、マリアも無理をしてもヨセフと一緒にいたい、…このような事情があったとしか思えないのです。

二人が肩を寄せ合うように旅に出て、おそらく三、四日かかる旅でありますが、ベツレヘムに着きました。こうして6節:「ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた」ということになりました。

この言い回しに注意して下さい。「彼らがベツレヘムにいるうちに」月が満ちたのです。もう生まれそうだとあわてているうちにベツレヘムに着いたのではなく、ベツレヘムに着いて何日かあとに産気づいたということのようです。また、「布にくるんだ」という言葉は、「産着」という名詞から生まれた言葉でありまして、決してありあわせの布でくるんだということではありません。両親はちゃんと新生児を受けとめるための産着を用意していたのです。

しかし、これだけ準備していても計算外のことが起こります。それが「宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」ということです。

クリスマス・ページェントなどではよく、ヨセフが宿屋の門をたたいて、「泊めて下さい。赤ちゃんが生まれそうなんです」と必死に頼みこむのですが、宿屋の主人は冷淡で「部屋はどこもいっぱいだよ」と言って追い払ってしまいます。しかし、実際は、これとはちょっと違っているようです。…ヨセフとマリアはベツレヘムにすでに何日かいたのですから、宿屋はとってあったのです。もっともこの宿屋は、簡易宿泊所のようなものだったでしょう。住民登録のためにたくさんの人が集まってくるなんてことは、滅多にあることではありません。宿泊所の中でみんな雑魚寝していたのでしょう。しかし、いくらなんでも、その部屋で子どもを産むわけにはいきません。宿屋に泊まる部屋がないと言うより、出産をする部屋がなかったと解釈した方がすっきりします。…ヨセフとマリアにとって、もう選り好みしている場合ではありません。どんな場所でも良いのです。だからマリアが産気づいた時、家畜小屋に入らせてもらってそこで出産した、と読むべきではないかと思います。…ヨセフは大慌てだったでしょう。そこに産婆さんがいたかどうか、わかりません。

 

ヨセフとマリアが旅先で、大騒動の末、子どもを産んだ、これは世界の歴史の中ではまことに小さなことにしかすぎません。いつの時代、どこの国にも、権力者の意のままにされ、生きていくために小さなことに一喜一憂しなければならない多くの人たちがいます。ヨセフとマリアもその一員でした。ですから、イエス様の誕生がこの時代のおおやけの歴史の中に記されていないのは当然です。

ヨセフとマリアに代表される、名もない、あまたの人々の上にそびえ立っていた皇帝アウグストゥスは、当時の記録によりますと、「全世界の救い主」と呼ばれていたそうです。彼の誕生日の時には、「この神の誕生は、彼を通して全世界に福音が伝えられた始まりを刻印した」という賛辞が捧げられていたほどだったのです。アウグストゥスは麻のように乱れた世界を統一して「ローマの平和」をもたらした人ですから、そう呼ばれるのはわからないでもありません。…福音書は、当時、アウグストゥスこそ救い主、この方の誕生が福音であると言われていたそのアウグストゥスと対比する形で、イエス様が動物の匂いがたちこめる汚い場所でひっそりお生まれになったことを伝えているのです。

 私たちにとっての救い主はどちらでしょうか。皇帝アウグストゥスでしょうか。それとも家畜小屋で生まれたイエス様でしょうか。…アウグストゥスが世界に絶大な貢献をもたらしたということは事実です。彼が広大な地域に平和を打ち立てたことで、何百万、何千万という人が生きていけるのです。ヨセフもマリアもアスグストゥスの力を無視することは出来ません。…私たちの世界にも現代のアウグストゥスがいます。…しかし、その人がどれほど偉大な人であったとしても、私たちの救い主ではないのです。

私たちは皇帝アウグストゥスを慕って信仰生活を続けているのではなくて、権力者には相手にされなかった幼な子イエスにこそ、神のみこころが明らかにされたことを確信して生きていくのでなければなりません。

 私たちは、絶大な力をふるうローマ帝国の前に若い夫婦が翻弄されるようなありさまでいながら、しかしこの中にもなお神のご計画が着々と進められているのを見るでしょう。ミカ書5章1節の預言はこの時に成就したのです。…そこにこう書いてあります。「エフラタのベツレヘムよ。お前はユダの氏族の中でいと小さき者。お前の中から、わたしのためにイスラエルを治める者が出る。彼の出生は古く、永遠の昔にさかのぼる」。

これは神の民イスラエルを治める者、救い主である方が、ベツレヘムで、ダビデの子孫から生まれるという預言です。イエス様がベツレヘムでお生まれになったことで、この預言が成就したのです。…ということは、アウグストゥスが絶大な力をもって世界を支配したことも、その力の前に貧しい、普通の人々が従うほかなかったことも、ヨセフとマリアの苦しい旅の果てに家畜小屋でイエス様がお生まれになったことも、すべて神のみこころの中で起こったということなのです。

ローマ皇帝から一般の人々、そして家畜や小動物、微生物にいたるまで、すべてがベツレヘムにおける救い主の誕生という、神様の救いのご計画のために用いられています。確かに神様のご計画があり、神様の時が満ちたのです。そこに人間の営みがきちんと組み込まれて、美しいクリスマスの出来事となりました。

 終わりに当たって、私たち皆も、どうか自分の上に働いている神のご計画に目を向けることが出来ますように。神様は、だれ一人として、自分でも納得が行かないような人生を送ることを望んでおられません。…皇帝アウグストゥスの力がどんなに大きくとも、家畜小屋で生まれ、貧しい、普通の人々の友となり、十字架への道を進まれたイエス・キリストこそが私たちの救い主なのだということを思いつつ、ご降誕の日を待ちたいと思います。

 

(祈り)

 この世界にみ子イエス様をおくって下さった天の父なる神様。み名をたたえます。今はクリスマスシーズンの真っ最中、平和大通りにイルミネーションがまばゆく輝き、コロナ感染の中でもにぎやかなクリスマスのイメージが印象づけられていますが、一番最初のクリスマスは静かな、寂しいものでありました。しかし、そこに神様から来る本当の豊かさがあったのです。

 神様、皇帝アウグストゥスにも神様から与えられた大切な役割があったでしょう。しかし、この人は私たちを救って神様のもとに導いてくれる人ではありません。…いっけん力弱く、みすぼらしいものであっても、そこに神様の霊が働いているならば、私たちがそれを見出し、大切なものとして自分の中で育んでゆくことが出来ますように。

 

 この世界にイエス様を送って下さった神様のご計画が、この私たちの中にも働いていることに目覚めさせて下さい。とうとき主イエス・キリストのみ名によって、この祈りをお捧げします。アーメン。